グリーフとは

グリーフgriefとは、英語で「深い悲しみ」「悲嘆」を意味する語で、親や祖父母、兄弟、配偶者や子供、親しい友人等と死別した人が陥る深い「悲しみの状態」を意味します。
身近な親しい人の死によって、人は絶望と大きな喪失感を体験します。
この深い悲しみから回復するには、十分な期間と自然な心理反応を表現できる環境が重要です。
悲しみの表現を抑圧するような環境下に遺族が置かれると、正常な心理的回復が遅れるばかりでなく、その後の精神状態についても病的な疾患を伴って長期にわたって回復が見込めなくなってしまいます。
遺族が悲しみの体験から自然に心が回復していけるようにサポートすることがグリーフケアであり、絶望と悲嘆にくれる遺族がたどる心のプロセスそのものや、悲嘆から回復する過程をグリーフワークと言っています。
グリーフケアが対象の遺族に何等かの環境やサポートを行うことを意味することに対し、グリーフワークは、遺族自身が行う服喪の作業、癒しの作業、心理的回復の過程そのものを意味します。
グリーフケアの浸透している海外の病院や市民団体
アメリカやイギリスでは、古くからグリーフアドバイザーが存在し、医師も患者を看取ったあとの遺族へのケアとしてアドバイザーの助言を受ける仕組みが整っています。

病院で亡くなった故人の遺族は、定期的に病院へ通いグリーフアドバイザーから助言を受けたりすることができます。
日本ではまだそこまでの浸透はしていません。
平成17年に起きた福知山線脱線事故を機に、事故の遺族に対する継続的なケアの取り組みとして日本初のグリーフケア専門の研究所が設立されましたが、まだまだ社会全体に浸透していないのが現状です。
それでも、最近はグリーフケアの先進国であるアメリカの例を学んだ医師や病院、市民団体等が、必要性を訴え、活動を広めつつあります。
しかし、残念ながらまだまだ日本はグリーフケアにおいては後進国と言わざるを得ません。
遺族自らが取り組むグリーフワークと周囲の人のグリーフケア
本来グリーフワークとは遺族自らが絶望と悲嘆から精神的に回復する「道程」そのものを指すので、悲しみに暮れる遺族に、何等かの能動的な積極的な取り組みを促して何かさせるというようなことではありませんし、そのようなことはしてはならないことです。
しかしながら日本人の感覚から、ワークという言葉の響きが「道程」そのものというよりも、どちらかというと「作業」を意味してしまうのも事実です。「遺影写真選び」のところで触れていますが、遺族が行う、故人のことを想い故人のためにする作業(=ワーク)が、このグリーフワークに該当します。

遺影写真は、故人の人柄や印象を家族や友人・知人の記憶に留める最期の大切な機会です。
できれば、故人の一番良い表情で普段の人柄がにじみ出るようなものを選びたいですよね。
そうした遺族の故人にしてあげられる最後の作業として、悲しみの中でも遺影写真選びを行うことで、悲しみを受け入れ、癒しを学ぶ数少ない機会なのです。かつてこんな出来事がありました。
80代の母親の50代の息子が病気で亡くなり、遺影写真の元となる写真を息子の嫁が選んで葬儀社に渡したところ、出来上がった遺影写真を見た母親が、「この写真は○○(息子の名前)らしくない。」と不満を漏らしたそうです。
生前の母親から見た息子としての故人の印象と奥様から見たご主人の印象が違うのだということが言えます。
人は誰しも故人を自分の好きな印象と思い出を通して想いたいのです。
この場合、葬儀後は、お母様は、お母様の気に入る故人である息子さんの写真を選んで飾ることが、お母様のグリーフワークに繫がると思います。
「グリーフワーク」は、親族や家族等の肉親だけのものではありません。
特にいつも身近で交流のあった友人等も、故人の死で深い悲しみに陥ります。
死別によって陥る精神状態の症状としていろいろな症状があります。
突然深い悲しみに直面した為ショックでその事実をなかなか受け入れられなかったり、喪失感で茫然自失となり思考能力が低下して何もできなくなってしまい、家の中に引きこもってしまったり、悲しみを乗り越えて普通の状態に戻れるようになるまである程度の期間が必要です。
そして、ただ時間が過ぎれば自然と回復するのではなく、回復の手助けとなるような環境を整える等のわざとらしくないケアをすることが大切です。
あくまで、遺族が自身の心の持つ力で自然に回復していけるように押し付けがましくない自然なサポートするのが「グリーフケア」なのです。
そして、遺族自身が行う故人のための何かであったり、故人を想う行動であったりを、自然にできるような機会を作ったり、見守ったりすることが「グリーフケア」なのです。




